生命という視点から見つめる × 天台宗 岩間山本山寺 僧侶 泉 智仁さん



    祖父とともに守ってきた浪江町の寺が津波で流失し、南相馬市の寺は放射能警戒区域内にあったため、24歳の若さですべてを失った僧侶・泉智仁さん。和太鼓演奏や講話を通じ、被災地支援を呼びかけています。


    すべてを失ったら、この先の人生、どうやって生きていけばいい?


    西山 震災直後は、どんな状況でした?


     僕は、いわき市の実家に帰省していたんです。車で寺に帰る途中、忘れ物に気づいて引き返し、実家で地震に遭いました。テレビで津波に流される浪江町の家々を見て頭が真っ白に。南相馬の寺は原発の放射能警戒区域内。結婚を約束してたのに職場も住むところもない。でも、あの時、忘れ物してなかったら…、と思うと、拾った生命なんです。


    西山 何もないところから立ち上がり、今は住職めざして頑張っておられます。前向きになれたのは、なぜ?


     震災後、祖父は精神的に弱って寝たきりになってしまった。おじいちゃん子だった僕は、何度も見舞いに行って…。でも、愚痴ばかりの僕に祖父が最期に「人に頼るな。自分の足で歩け!」って言ったんです。ハッとしました。嫌なこと、辛いことを全部、他人のせいにして自分の弱さから逃げてることに気づいたんです。


    何度転んでも立ち上がり、前を向くことが大切だと気づいた。


    西山 なぜ、岡山に?


     一時避難させてもらった吉備中央町の友人に、本山寺の手伝いに誘われたんだけど、その時は、30歳までは福島の活動以外はしないと決めてたからお断りしました。30歳を前に、別の人から本山寺の話があり、「これは縁だな」と思って来ました。


    西山 原発について、どう思いますか。


     原発の恩恵も受けていたでしょうから複雑な思い。事実は受け止めないといけないし、2度とあってはいけない。ただ、そこで生きている人たちもいるんです。原発なんかやめちまえと言うのは簡単。でも、どうやってやめる?その後どうする?いろいろな意見があっていい。大切なのは、どう生きるかだと思います。


    西山 太鼓のお金や交通費は?


     被災金を使い果たし、「交通費も経費も全部いりません」っていう活動を続けました。そこは誇りですが、生活は家内が支えてくれたものの苦しいです。子どもも欲しい。でも結果的に、岡山で僧侶になれました。僧侶という仕事は、多くの人に何かを伝えられる職業。だから、全部失ってしまってからのことを話すことで、勇気や希望を与えられればいいと思っています。岡山や福島の皆さんが、どう思ってるのかも聞いてみたいですね。

    天台宗 岩間山本山寺

    僧侶

    泉 智仁(いずみ ちじん)

    1987年福島県南相馬市生まれ。僧侶資格取得後、祖父とともに守ってきた2寺のうち、浪江町の寺が震災の津波で流失。もう1寺も原発から半径20km圏内の警戒区域にあり、避難を余儀なくされた。2017年末に妻と2人で岡山県津山市に移住。現在、本山寺の僧侶を務めている。


    平安時代からの歴史を有する本山寺。本堂と三重塔は国指定重要文化財。

    天台宗 岩間山本山寺

    701年(大宝元年)創建。古来、山岳仏教の道場として栄え、1110年(天永元年)に現在地へ。1132年(長承元年)、誕生寺の漆間時国公夫妻が参詣祈願して生まれたのが浄土宗の宗祖・法然上人。江戸時代には津山藩主森家の祈願所として尊崇された。本堂・三重塔・宝篋印塔が国指定重要文化財。

    美咲町定宗403 ☎0868-62-1050